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土偶 >> back
 連日の晴天で乾ききった腐葉土を、使い古しの運動靴で踏みしめるたびに、頬を伝ってきた汗が、顎から滴り落ちていく。乱立する力強い木々が作る木漏れ日が、先生のリュックサックの上で踊っている。樹海と言っても差し支えのない、人の手がほとんど付いていなかったこの大自然の領域で、縄文か弥生か、それくらいの時代の遺跡が見つかったのが、つい先週の事だ。新興の住宅地を作ろうと、必死になって森を食べていたショベルカーが掘り起こした土の中に、紐で文様をつけられた、所謂縄文土器が混じっていた。それで工事は一旦休止され、調査のために、考古学の権威である先生が呼ばれて、僕は彼の手伝いに駆り出されて、ここに来ていた。僕は大学で彼の講義を聞いている生徒で、五十人以上もいる生徒の中から選ばれて、貧乏くじを握らされてしまった。選ばれた理由は、たまたまその時近くにいたという、ただそれだけだった。
 しかしいつの間にか、僕は汗だくになって、土に塗れ、徳川埋蔵金でも出てきたかのような気分で、出土した小汚い土瓶の欠片を、愛しそうに見つめるようになっていた。
「○○、ちょっとそっちの森を、見てきてくれないか」
 先生が、住居跡の南を指差して、言った。お前、だった僕は、いつの間にか先生の中で、○○(僕の苗字だ)に変わっていた。
 僕は快く頷いて、タオルで顔全体を拭ってから、言われた方へよたよたと歩いていった。この間まで森を切り崩していたショベルカーを通り過ぎて、木々の海へ足を踏み入れる。
「迷うなよ。探さないからな」
 先生の声を背中で聞いて、僕は持っていた赤いマジックペンで、木の幹に印をつけながら進むことにした。見て来い、と言ったからには、何かがあると思ったのだが、辺りは木々が木漏れ日を作っているだけで、特に何かがある、という事はなかった。
 僕がようやく違和感に気が付いたのは、六回目の印を、目の前の幹に付けようとした時だった。僕はその時何かを踏んで、ぼろぼろの運動靴越しに、ちくりと何かが刺さってくるのを感じ、反射的に足を持ち上げた。栗の"イガ"が、靴の底に刺さっていた。
 ふと思い出して印を遡っていくと、赤いバツ印が書かれた木は、どれも栗の木だった。この辺り一体が、栗の森になっていた。僕は百点を獲った小学生のような気分で印を辿り、土を掘り続ける先生に、その事を報告した。

 夕日が沈む直前、朱色と藍色が混じった、紫に近い色を、僕は見上げた。上がろうか、と先生が言って、僕が頷いた後だ。
「○○、この土偶はな」先生が、二人で出土品を整理している時に、土人形の一つを掴んで、僕に見せた。「森の神様、つまりまあ、ここら辺の八百万の神様だな。そいつらに捧げる為の物と、一応言われているんだ」
「こんな変なのを? 僕だったら、絶対に要りませんね」
「俺もいらないな。まあ、気持ちの問題だろう。昔の人たちは、こういう人形を作って、神様にお願いしたわけだ。来年も、豊かな森でありますように、てな」
 森ですか? と僕が聞くと、先生は僕の顔を見て、頷いた。
「森が豊かだと、鹿や兎みたいな動物をたらふく食べられる。実りが豊かだと、いくらでもドングリやクヌギが食えて、そのうちお前が見つけたような、栗林も作れるようになる。だから人は、森の神様に感謝して、また来年も、とお願いするんだ……毎年、な」
 僕は顔を、栗林に向けた。はるか昔、実った栗を、手に持った枝で落とし、手作りの籠に入れてゆく、女性や子供たちの姿が、そこに見えた気がした。森の奥では、男たちが石の槍で猪を追いかけ、家族に食料を持ち帰っていたに違いない。僕は、ひどく野性的なその営みの中に、神の息吹を感じずにはいられなかった。
「それを思うと……少し、寂しいですね」
 栗林の手前に、大きなシャベルを大地に突き立てた車が、沈む太陽の影に冷たく佇んでいた。








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