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秋の童話(童話) >> back
「アメはやっていない。やったのはハレだ、アメは悪くない」
 そういえば怒られないことを、アメは知っていました。ハレはアメの弟で、まだハイハイを始めたばかりです。だからいつもの様に、ハレなら仕方ないね、で済むはずでした。けれど、今日割ってしまった村の大ババ様の大事な壷は、決してハレの手の届く事の無い、高い棚の上にあったのです。
「人の名前に罪を被せる子に、自分の名前はいらないね。今からお前は"ななし"だよ、わかったね」
 アメは名前を取り上げられてしまいました。アメはもう、アメではありません。村の皆は"ななし"とアメを呼ぶようになりました。
「名無しのななし、やーいやーい」
 同い年の友達が、からかって石を投げてきました。"ななし"は悔しくって、手で顔を覆って、村を飛び出してしまいました。

 村の外は森です。気づいたら、手の平が濡れていました。でも、真っ赤なもみじや、黄色のイチョウを見ていたら、少し涙が落ち着いてきて、手の平も乾いてきました。
「何故泣いていたのですか、お嬢さん」
 急な声にびっくりして振り返ると、大きなイチョウの木の横に、赤鼻のシカがうずくまっていました。泣いている所を見られてしまったかしらと、"ななし"の頬が赤く染まりました。
「何故恥じるのですか、お嬢さん。私もよく泣いてしまいますが、泣く事は恥ずかしい事なのですか?」
 "ななし"はとりあえず首を振ってみました。すると、赤鼻のシカはにっこりと微笑いました。"ななし"もなんとなく、微笑いました。もう、悲しくはありません。
「あのね、私、名前が無くなっちゃったの。"ななし"って言われるのが嫌で、村から逃げてきちゃった」
 言うと、赤鼻のシカは首をかしげました。
「名前が無いのですか、お嬢さん。けれど私にも名前はありません。それは、恥ずかしい事なのですか?」
 "ななし"は、わからない、と答えました。
「わからないのですか、お嬢さん。わからないのなら、物知り猫に聞くといい」
「物知り猫さん?」
「物知り猫は何でも知っている。聞いてみたらいいよ、お嬢さん。嘘つきオウムに案内させよう」
 赤鼻のシカが空に向かって声を上げると、黄緑色のオウムがバサバサと木々の奥からやってきました。
「お嬢さんを物知り猫に、会わせておやり。わかったね、嘘つきオウム」
 けれど、オウムは首を振ります。
「ワカラナイカラ、ツイテクルナヨ、オ嬢サン」
 ゆっくりと、嘘つきオウムは森の奥へ進みました。
「ついてお行き、お嬢さん」
 赤鼻のシカはその赤鼻で、オウムの行ったほうを指しました。その先でオウムが振り返って、"ななし"を待っています。
「でも、わからないって言っていたよ」
「嘘つきオウムは嘘しか言わないよ、お嬢さん。わかるはわからず、右は左で左が右。迷わぬように、気をつけて」
「シカさんありがとう、さようなら」
「ごきげんよう、お嬢さん」
 "ななし"は手を振って、嘘つきオウムの後を追いかけました。追いつくと、オウムは"ななし"の肩に止まります。
「よろしくね、オウムさん」
「任セルナヨ、オ嬢サン」
 色鮮やかな木の葉から零れた光は薄らと赤や黄色に染まっていて、それが風に合わせて土の上で踊るのですから、それはとても綺麗なものです。"ななし"は浮かれた足取りで踊るように森を進んでいきました。
「ココデ左ダ、曲ガルナ、曲ガルナ」
 "ななし"は右に曲がりました。
「こっちでいいの?」
「違ウ、違ウ、アッチダヨ」
 オウムは後ろを指差しました。
「ねえ、オウムさん。どうして嘘ばっかりついているの?」
「嘘ヲツケバ辛イカラサ。嘘ヲツイタラオコラレル!」

 森の少し開けたところに、"ななし"とオウムは着きました。そこには"ななし"の腰くらいの岩がごろごろ転がっていて、その中で一回り大きな岩の上に、あごの毛の長い、枯れ草色の猫が丸くなっていました。
「イヨウ、物知リ猫。客人ナンテ、連レテキテネエヨ」
 物知り猫が首を上げて、眠たそうに欠伸をしました。
「やれやれ、五月蝿いのが来たね。客人というのは、そこのお嬢さんでいいのかい?」
「客人ナンカイネエヨ、バカ」
「お前は少しくらい黙れないのかい。全く、うっとうしい」
「あ、あの。こんにちは、物知り猫さん」
 次にオウムが口を開く前にと、"ななし"はあわてて頭を下げました。
「こんにちは、お嬢さん。どういった御用向きで来られたのかな」
「赤鼻のシカさんが、物知り猫さんに聞けばいいって言ってたの」
 物知り猫は、目を細めて"ななし"を見ました。
「それならば、何でも聞いて見なさい。答えられるものなら、答えてあげよう。だけど私も、何だって知っているわけじゃないからね」
 "ななし"は頷きました。
「あのね、私、名前を村の大ババ様に取り上げられちゃったの。皆私のこと、名無しっていじめるのだけれど、赤鼻のシカさんは自分も名前が無いって言っていて……。ねえ、物知り猫さん。名前がないのって、恥ずかしいことなの?」
 物知り猫はしばらく空を見つめて、答えを考えていました。やがて欠伸をして、伸びをしてから、言います。
「名前というのは、お嬢さん自身を表していた文字でしょう。それが無くなってしまったのだから、恥ずかしいのではないかな。赤鼻のシカのように、元々無かった、というのとは違う。お嬢さんは無くしてしまったんだ。どうして、取り上げられてしまったんだい?」
 "ななし"は口ごもりました。ハレに責を押し付けた事を話そうとすると、とても恥ずかしい気持ちになりました。やっぱり、その事は悪い事だったのです。
「無理に言わなくてもいいよ、お嬢さん。ただね、名前はお嬢さんがお嬢さん個人として皆に見てもらうためには、必要な物なんだよ。それを取り上げられちゃったという事は、自分であるための代価を払わなかったということ何じゃないかな」
「自分のやった事は、自分でやったって言わないとだめ?」
 物知り猫は頷きました。
「自分であるためには、自分に責任を持たないとだめだよ。あなたが行った事を他人の所為にするのなら、あなたがあなたである必要は、なくなってしまうのだから」
 空から、夕焼け前の金色の光が、たくさん降ってきました。光の帯がたばになって、目を閉じても眩しいくらいあたりに広がって、まるで金色の海に落ちたかのように、真っ白になって何も見えないくらい、黄昏の色が広がってゆきます――

 目を開けたら、"アメ"は大ババ様の家で立っていました。背中でハレがぐずっていて、目の前には割れた壷が散乱しています。
「何の音だい、いったい」
 大ババ様が階段を下りてくる音がします。アメは慌てて、ハレを割れた壷の横に座らせようとしました。けれど、唇を噛んで、勇気を振り絞って、ハレを担ぎ直しました。
「大ババ様、大ババ様の大事な壷、アメが割っちゃった。アメ、綺麗だったから、もっと近くで見てみたかったの」
 どれだけ怒られるか不安で、アメの目から、涙がぽろぽろと零れてしまいます。けれど、大ババ様はアメの頭の上に、しわだらけの手を置いただけでした。
 その手が暖かすぎて、アメは自分がわからなくなるくらい、大きな声で泣いてしまいました。











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