Hot x 2
藍色を歌う >> back 「十五年後の今日、一九八〇年の十月二十三日、ここで待っています」 彼女とこの海岸で別れて、今日で丁度十五年になる。月も雪も似合わない、秋と冬の間の季節。夕日が水平線の彼方に沈んだ、藍色に染まった陰鬱な景色の中で、あの日二十歳だった僕は、彼女を強く抱きしめていた。 僕は彼女を誰よりも愛していた自身があったし、誰よりも彼女に愛されている自身もあった。 今思えば、あれは彼女の心に氷をたくさん投げ入れるような行為だったと思う。僕はこの場所で、東京へ行く事を彼女に告げた―― 「いつ、帰ってこられるの?」 彼女は胸の前で手を組んで、人の顔色を伺うような表情で、僕の顔をじっと見上げた。 「三十五歳までは、夢を追いかけようと思っている。それまでは、きっと帰ってこない」 それを聞いた途端に溢れた彼女の涙を見て、静かにざわめく潮騒の中で、僕は彼女を不意に、抱きしめていた。 ――そして、待っていて欲しい。そう、言ってしまった。 「待っています。十五年後の今日、一九八〇年の十月二十三日に……」 今日、約束の日。僕は自分のショーのために、あの日の海岸に来ていた。 一緒に来てくれ。なぜ、そう言わなかったのだろう。後悔の残響が、あの日からいつも、僕の胸の奥で響き続けている。ギター一本だけを背負って上京した田舎者は、幸運に幸運が重なって人気者になった。もしそう言っていたなら、今頃僕の薬指には、銀色の指輪が輝いていただろうか。 そして何より、彼女にとても辛い思いをさせてしまった。待つことの耐え難さは、今こうしていると身に染みて理解できる。 十五年だ。きっと駄目だろう。でも、もし彼女が今でも僕のことを待ってくれていたなら、僕は君だけのためのショーを、ここで開くことができる。 日は落ち、海岸は空の影に沈んだ。波の音だけが、ただ静かに繰り返される。月と星以外に何も見えない空を見上げると、ため息が白い靄となって注を漂い、やがて消えた。そのまま静かに瞼を閉じた時、砂を踏む足音が、広大な静寂を引き裂いて、僕の両目を開けさせた―― Hot x 2 |
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